つながろうプロジェクトin但馬に参加005

「つながろうin但馬」の二日目、諸寄の情緒ある街並みを後にした一行は、山陰本線が誇る世紀の土木遺産、余部(あまるべ)橋梁へと向かいました。道の駅あまるべでの昼食を終え、我々建築士会メンバーを待ち受けていたのは、巨大な構造物が織りなす「静」と「動」の対比、そしてこの地に根ざした人々の熱い物語でした。

今回のナビゲーターは、ヘリテージマネージャーとして地域の歴史的建造物保全に尽力されている、豊岡支部の池口氏。専門的な知見から、橋の構造美と、駅誕生にまつわる秘話を語っていただきました。

1. 官民一体の情熱が動かした「駅の建設」

現在でこそ「空の駅」として親しまれている餘部駅ですが、1912年(明治45年)の鉄橋完成当初、ここには駅が存在しませんでした。列車は集落の頭上を無情にも通り過ぎ、住民は隣の鎧駅まで山道を歩くか、命がけでトンネルを歩く不便な生活を強いられていたのです。

この状況を打破したのは、大人の陳情だけではありませんでした。昭和30年、余部小学校の児童たちが当時の阪本勝・兵庫県知事へ宛てた**「一通の手紙」**が、歴史を動かしたのです。

「余部に駅をつくってください」——。

純粋な願いが綴られた手紙は知事や国鉄総裁の心を動かし、ついに駅の新設が決定しました。驚くべきはその後です。建設予算を抑えるため、大人だけでなく小学生までもが、海岸から40メートルもの高台にある建設地まで、自らの手で石を運び上げたといいます。 池口氏の解説を聞きながら、我々が今立っているホームの基礎に、当時の子供たちの「体温」が宿っていることを知り、建築が持つ「社会を繋ぐ力」を改めて痛感しました。

2. 明治の気概と現代技術の共演:新旧橋梁の対比

池口氏の視点は、構造の細部にも及びます。

  • 鋼製トレッスル(旧橋): 保存された3本の橋脚を見上げると、アメリカから輸入された鋼材を25万人もの人夫が組み上げた、明治期の「鋼の意志」が伝わります。リベット一つ一つに宿る職人の技は、ヘリテージ(遺産)としての風格を漂わせています。

  • エクストラドーズドPCラーメン橋(現橋): 2010年に竣工した新橋は、最新のコンクリート技術を駆使。主塔から張られた斜材ケーブルが桁を吊る姿は、機能美と景観への配慮を高い次元で両立させています。海風による塩害対策として、最大200mmものコンクリートかぶり厚を確保した高耐久設計は、我々実務者にとっても大いに刺激となりました。

3. 「余部クリスタルタワー」が繋ぐ垂直の動線

見学の締めくくりは、2017年に完成した全面ガラス張りのエレベーター**「余部クリスタルタワー」**です。高さ41.5mのレールレベルまでを約40秒で結ぶこのシースルーの空間は、明治の鉄、昭和の情熱(駅建設)、そして平成・令和のコンクリート技術という「時間の積層」を俯瞰できる、まさにパノラマの歴史展示室と言えるでしょう。

鉄からコンクリートへ。明治から令和へ。 余部橋梁は単なるインフラの更新ではなく、小学生の手紙から始まった「地域と鉄道の絆」を継承するモニュメントでした。

池口氏による情熱的な解説は、私たち建築士に、技術の先にある「そこに住む人の想い」を形にすることの尊さを教えてくれました。
秋空の下、そびえ立つ橋梁を見上げながら、浜坂支部の参加者3名も、次世代へ繋ぐべき建築のあり方を深く再確認した時間となりました。

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